花月草子

清涼山の御亭

2012年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年02月

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紫雲のたなびいたるを拝まい給うたか

今年は無事。初会を迎えることができました。

喜之先生を先頭にしずしずと進む先生方がそれぞれ座につき、
お囃子の先生方の手が始まると同時になにかが背筋にピシーッと通って
いく気がして。
やっぱり年の初めはこうですよねぇ…なんてしみじみ感じいる筈でした。

がっ!坂先生の千歳が舞いはじめた途端、響く着信音!
それでもその場で切ってくれればまだしも、知らん顔でとうとう3度も長々と!
ありえないー (´・ω・`)
それでも、千歳のうちはお囃子も賑やかなのが救いか。
藤田次郎先生の笛がなんとか打ち消してくれましたが、だが、しかし…<泣

気をとりなおして喜之先生の翁。
いいですね。
余分な俗気がまるで無い。神秘的。
三番三の則重さんも折り目正しく、重さをきちんと踏まえた生真面目三番三。
という印象を受けました。
面箱の凛太郎くんも行儀がよく、名のとおり凛々しく。
発声がお父さんそっくり(笑)

『國栖』は清見原天皇(天武帝)を演じた子方、井ヶ田有紀嬢の実質デビュウ。
(鞍馬天狗の花見稚児で以前出たことはあったけれども)
ショートカットにした髪に冠と白い狩衣がよく似合う。

空腹を訴える帝に姥は根芹を、翁は國栖魚(鮎)を献じ、お食べ残しになった
鮎を神功皇后の例になぞらえて川に放ち、戦の勝利を占なう。
駒瀬先生の抑えた翁が静かながらも帝を守るという決然とした意思をあらわして、
好感が持てる。

國栖の人々は吉野川上流に住まいしていた古代の一族。
書記には天武朝より遡ること、応神朝にも記述があり、酒を奉り帝の世を寿ぐ歌
をささげて進んで恭順を表しています。
壬申の乱に天武をかくまい、後には歌笛を奏することをもって朝廷の節会などに
奉仕したと伝えられており、最後まで朝廷に逆らい滅ぼされた土蜘蛛や蝦夷の一族
と違い、國栖人はこうして政権の庇護下に入る民となることで今の世に至るまで
永らえる事になります。

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| 能・狂言 | 21:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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福禄寿嬉

明けましておめでとうございます。

彩りゆかしく瑞雲たなびいた素晴らしい元日となりました事を寿ぎ、
私、また皆様の益々の弥栄を願うばかりでございます。

彩雲

今年もよろしくお願い申し上げます。
                     小槌

| よしなしごと | 16:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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