花月草子

清涼山の御亭

2012年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年01月

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つごもり

はや晦の日になりました。

今年はなにやら、今ひとつ盛り上がりに欠ける年であったことよ。
と思いつつも、数えてみれば結構な数を拝見していまして<苦笑
特にお能はなかなか機会のない舞台(いわゆる「遠い曲」)も多くあり、
実は充実しておりましたね。

個人的には『殺生石』で久しぶりに舞台に立てたのが印象強し。
事前まで自信がなくて、いや、「回れなかったらどうしよう」とか。
こちらも心配はなんとか杞憂に済み、無事終了。

お世話になった方々に感謝しつつ、来年もまた良い機会が廻り来たりますよう。
皆様もよいお年をお迎えくださいませ。

                                      管理人 敬白
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| よしなしごと | 14:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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さてや御幸のをりしもは

今回で終会となる「第三十回 二人の会」。
随分と拝見させていただきましたし、普段舞台からは遠くなってしまっている曲
や小書の上演も多く、毎回楽しみにしていたのですが、惜しまれながら終会となる
運び。
見所も人多くにぎやか。

舞囃子『枕慈童』
香川先生の慈童は以前お正月にNHKで放送されたものなど録画してあるのですが、
今回は舞囃子で。
とはいえ、楽をフルヴァージョンで拝見する。ことに上手である先生で。という機会
はそうそう滅多にあるものではありませんし、なんとも貴重。
まるで半能の袴能を見ているような優雅かつキリリとして、一つ一つの型が研ぎ澄まさ
れたがごとくの舞がなにやら夢を見させていただいているようで。
拍子を踏んでいる以外には衣ずれの音もないような滑らかな動きが、このままずーっと
続くのではないか。と思えるほどの至福感。
扇を閉じられた瞬間に夢から覚め、現実に引き戻されるがごとく。シアワセです。

狂言『大黒連歌』は、東次郎先生の三回立て続けての飛返リがもうね<感嘆
おめでたさ100%
則孝さんがしょっぱなから絶句していたのは不問に付します<笑

『小原御幸』は話のあらすじこそ判っていても、実際に拝見する機会自体はあまりないので。
生きながら六道を体験し世を捨てる覚悟をして入水しながらも、助けあげられて後は
一門の供養にあけくれる女院ながら、法皇の訪れにかつての宮廷暮らしを束の間懐かしむ。

若さに会わず精神はもはやすがれつつある女院の、ほんのわずかに残された美しの思い出
と、西海に逃れ暮らす生き地獄の様を問われるままに語るさま。
そしてまた、友枝先生の法皇が存在感があってですね。
問答以外は黙って床几に座しているだけとはいえ、この圧倒的なパワーの源は如何に。

そして香川先生率いる非常に抑制が効いた地謡。
物静かな深山の雰囲気を醸し出す抑えに抑えたトーン。
普段が割と強めのうたい方の傾向があるだけに、こういう静かな曲ですと逆に違った
魅力があふれるものですね。

ともあれ、盛会に終わってなによりです。
「二人の会」は終わりましたが、今後の香川・塩津両先生の益々のご活躍を願って
やみません。

阿波内侍と大納言局の紅無唐織、両方とも渋くて素敵だったなー…



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| 能・狂言 | 20:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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月に嘯く気色にて

なんだか定例も久しぶりになってしまい。

『清経 替之型
替之型の予習をしていなかったので、えぇと…と思いながら。
確か、「この世とても旅ぞかし、云々」の所でツレの妻が清経の方に向き直る。
かな?
位も確か上がる筈。
喜之先生の足拍子がとても響く。
若いシテがする、ともすれば気負いがちになる清経と違って、そぎ落とされた
無駄のない動きが修羅物においても際立つ。

床几に腰掛けに妻を見やりながら息をつめるように自らこの世から去る事を選んだ
思いを語りかける清経。
妻も感情を押さえた面持ちで静かなやりとり。
今までに拝見した清経は意外と妻がエキセントリック状態で清経を責めるような
体が多かったので、個人的には今回の妻の方が好み。
芯が強い女性ってそういうものよ。
きっと、清経の霊が去り、誰もいなくなって、一人残され孤独感を痛烈に感じるよう
になってから掛け守を抱いて泣くのでしょう。

『葛城』
ワキの出、名乗りが終わって、幕から里女の「なうなう」の声が古川先生独特の
ビブラートテノールでぐぐぐぐぐっと引き込まれる。
音もなく、山に深々と降り積もる雪の情景が舞台一面に。

天人五衰神三熱の苦を持つと設定されている神(三輪もそうです)の中でも
葛城明神は畜生道の罪を負っています。
役行者に “使役されるがまま” の立場という観点から自らの力では仏果を
得ることが出来ない状態にいるのですね。<救いがない
(修験道では畜生道に落ちると重い荷役、この場合は “岩橋”を架ける事が
課せられるのです)
女体、しかも容貌を恥じる身にあまりに気の毒な。

後場では今回、小書がつかない故か、オーソドックスな月輪の天冠に蘇芳色の
舞絹姿。
静かに冷え冷えとした中、序ノ舞に張り詰める空気感。
体感的には長いように感じましたが、それも優美さゆえか。

附祝言は『金札』

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| 能・狂言 | 23:31 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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まだ足りぬ 踊り踊りて…

その身に連なる六代目の辞世のような勘三郎丈の訃報でした。

倒れてからがあれよあれよという間で…
吉右衛門劇団贔屓の祖母に連れられて先代の舞台からよく観に
出ておりましたので、彼の丈の舞台もよく観ました。
最近は私もすっかり舞台はご無沙汰していますが。

彼のやり方には賛否あろうけれども、確かに天才肌な面も大きくて。

音羽屋のお祖父様や、先代のように、彼も「踊り踊りて」足りぬ風情を
残しつつ去ってしまった。という感があります。
今頃は辻に差し掛かったところであろうか。
                      tubaki

| 歌舞伎・文楽 | 18:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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