花月草子

清涼山の御亭

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兜の上に 碇を戴き碇を戴きて

若竹能も前回から間をあけまして満を持しての本年最終日。
午前中から午後まで別の所にいましたのを抜け出して矢来まで来たところ、
なんと門から新潮社方向へ今まで見たこともない程の長蛇の列。

先日の東次郎先生の国宝答申?
いや、それにしても…と首を捻ることしきり。チケットは前売で完売して当日売は
ないし、あと考えられるのは自由席争奪戦?
というくらいの盛況ぶりでした。

お仕舞はやはり、喜之先生の『安宅』が素敵ですねぇ。
『二人静』も相舞がぴったり合わさっていて、ここはお仕舞でなくて、袴能だったら
もっと良かったのに。<それは欲張りスギです

東次郎先生の『那須』は、以前、駒瀬先生の『屋島』の時に弓流と一緒のアイで拝見した
事がありますが、単独で見るのは初めてかなぁ。
語り分けの迫力が半端でないので、一言一句ぐいぐい惹きつけられるというか、
本当に我々、源氏の陣中にいるのではあるまいか。あるいは波打ち際で与一の様を
見守っているのではないか。という錯覚にすら捉われそうになるという。
十二束三伏の鏑矢が要を射抜き、沖には平氏が船端を叩いて、陸には源氏が箙を叩いての
歓声があがるのが聞こえそうで。
(昔、授業でもやらないのに、この辺だけ自主的にがっちり暗記していたよなぁ…)
語り終えた東次郎先生が扇を袴にたばさんだ所でふと我に返ったりするわけですが、
「あー、まだ終わってほしくない。ずーっと聞いていたいー」
と思わせる…。素晴らしい那須語でした。

そういえば東次郎先生の使っていらした扇が金地に群青の切りかえしで、青い部分に
金の北斗があしらわれていました。ふさわしいですね。

『碇潜』
ワキ僧の名ノリから前シテの尉との船賃を法華経読誦に替えるまでの問答から
(案外現実的なやり取り<笑)場面がサッと転換して尉の前場クライマックス
「能登殿最後」が語られ。
いいよなぁ。能登殿、平氏一門随一の強弓精強。
(の、せいか兄の通盛と違って、あまりロマンスめいた話は無い<泣)
安藝太郎次郎を左右両脇に抱え込んで「冥土の供にしてくれるわ~!」と波に沈んで
行く姿は壮絶の一言。しかし、その様子を淡々と語る尉とのギャップが良いのです。

そして、いよいよ後場。パンフレットには記入されていませんが、今回は新中納言
のほか、安徳帝、二位尼、大納言局も登場する小書。
「舟出之習」
ということで、楽しみにしていたのであります。

作リ物の御座船に巻かれている引キ廻シを外すと、安徳帝に添う二位尼、大納言局、
新中納言登場。
二位尼が「夜船に月を待たうよ」と告げた後に、ふと大納言局をふりかえり、また
新中納言が「もはやこれまで」と奏した際に顔を合わせる二位尼と大納言局の表情
の角度が絶妙で、無常を悟りつつ、それでは。と静かに決心をして帝に東を遥拝させ、
西を伏し拝み「波の底に龍宮と申して(波の下にも都のさぶらふぞ)~」と身投げを
はかるのが多分この曲一番の見せ場なのではないだろうか。
通常の新中納言のみの登場だと、やっぱり今ヒトつピンとこないかも。
小書がついて正解だと思います。

三人が入水して後に、後見によって纜のついた銀色の大碇が仕度され、新中納言の
働キによる奮戦が進む中、「今はこれまで沈まんとて」と纜をねじ切って碇を担ぎ上げ、
舞いながら、お囃子のボルテージが上がる中、幕(水中)に消えて行く。
午後からたっぷり良いもの見せていただいた~。
というオモムキ。

ただ、残念なのは今日は最初にも書いたように長蛇の列という事で一見さんというか
お能自体が初見の方という見所になってしまったせいか、
物凄く良い舞台なのに、進行中大声でのぺちゃくちゃお喋りが止まらない人や、附祝言
の前にフライング拍手をかましまくる人や、余韻を愉しむどころではなかったのが残念な。
…いや、誰しも初めてってものはあるのかもしれないけどさ。
最低限マナーは守ろうよ。みたいな…

ちなみにツレで登場した大納言局(大納言佐)は三位中将重衡の妻で安徳帝の乳母でも
あります。本曲では内侍所(御鏡)を奉じて入水してしまいますが、平家物語巻十一
では身投げの際に源氏方の矢に袴の裾を舟に射つけられて、入水しそこなって、囚われ、
隠棲した。とあります。
後に戦場で捕らえられた重衡が奈良に護送される際に局の住まいに立ち寄る事を許され、
別れを惜しむ場面は泣かずにはいられない。
その後、局は刑死した夫の亡骸を引き取り供養した後、阿波内侍(信西娘)とともに
建礼門院に従い大原に仕え、そこから『大原御幸』に話はつながれて行くのです。

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| 能・狂言 | 23:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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