花月草子

清涼山の御亭

2012年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年05月

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2012年 明治神宮春の大祭

今年もこの季節がめぐってまいりました。
新緑まぶしい日差しの中に、時折そよそよと風が通る上天気。

春の大祭 吊灯篭

本年の曲は下記の通り。

『振鉾』二節
 ・左方双調 四人舞『春庭花』
 ・右方高麗壱越調 四人舞『埴破』
『長慶子』

左方振鉾 右方振鉾

『春庭花』
本日は二帖構成ですので、「春庭楽」ではなく「春庭花」です。
延暦期に遣唐船より伝わり、仁明朝(在位 833~850)に勅にて双調に変更され、
春の曲とされた経緯があります。春、ということで立太子礼の際に舞われたとか。
巻纓緌の冠に桜の挿頭花をつけ、太刀を佩き、片肩袒の蛮絵装束にて。

春庭花 挿頭花 春庭花 太刀

二帖では四人が互いに回りつつ、袖を寄せたり、翻したり、と花のつぼみが次々に
開くような型で華やかな、まことに春めいた様の舞。最後には膝をつき、深々とした
拝礼をしてのち、退場となります。

春庭花01 春庭花02
春庭花03 春庭花04

『埴破』
埴破 埴玉 周の国は幽王の時代まで遡る曲の由来
 は、かの時代、埴土で作った玉の中に
 餅を入れて王に献上したとか何とやら。

 舞人は左手に五色の宝珠型の埴玉を
 持って舞を舞います。
 献上物が由来からかどうなのか、確かに
 玉を貴人に捧げるような型が多いです。

古くは玉を放り投げて、打ち割る型もあったそうで、「破」という字はそこから
つけられたという説もあり、また、玉は薬玉を表すという説もあり、そのあたりは
研究者の間でもいまひとつはっきりしない模様。
金襴縁の裲襠装束は『狛桙』と同じもの。指貫は裲襠と共裂。

埴破01 埴破02
埴破03 埴破04

ちなみに襲装束を諸肩袒で着用し、巻纓、雑面をつけると曲はそのままに『進蘇利古』
になってしまう罠。
(それはそれで見てみたい気も…)
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| 雅楽・舞楽 | 16:31 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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歌に和らぐ神ごころ

久しぶりの国立定例。
近年国立の主催公演はとても取りづらい状態になっていますが、
昨年『蟻通』の背景を掘り下げはじめた頃(早く続きをつけたい…)に
某シテ方の先生から
「来年、喜之先生が国立でシテをされる」
と聞いていたので喜びころこび。
「見たい」と思っている曲に限ってなかなか遠かったりしますから、ホントに
貴重なタイミングでした。

貫之に扮する福王和幸先生のキリッと鼻筋の通ったお顔立ちに深緑の単狩衣が映え
素晴らしく品の良い貫之。
ワキの重い曲とあって、次第から道行と頁にしてほぼ一丁半分ほどのワキ謡があり、
型も一曲通してこまごまと多いのですが、一つ一つ丁寧で、明神の神前にぬかづく
ところなどは習物とあってか、とても真摯な姿勢を感じさせます。
和幸先生はこちらに移っていらしてから、何といったら良いのか、良い意味で
「坊ちゃんくささ」
が抜けてきた気がします。
持ち前の凛々しさがより深く、更にシャープに、磨きがかけられたような姿。
このまま上掛リ系のワキを極めて行っていただきたいなぁ。

シテの出はアシライ出しで。
本日はお囃子の先生方も曲柄と合ってしっとり寂び寂びと落ち着いた雰囲気。
えーと、もしかして最近松田先生の笛で拝見するのが続いてる?<続いてる
幕が上がってからそろりと見える傘の先と打ち振られる松明が目に入るとそこは
橋掛リではなく、雨水滴るうっそうとした暗い参道へと変わるようです。
薄い色の厚板に薄茶の縷狩衣を着け、白味のかった顔色の尉の面。

年老いた宮守が貫之と言葉を交わす一言ごとに内なる光を発してゆくが如く人體
のままに明神の神威をあらわにしていく様は圧巻。
とにもかくにも「神々しい」というのか、代え難い存在感。
舞台から全ての先生方が去った後に清々しさが残るという舞台は年に一度あるか
ないかというものですが、年度が改まった早々にこういう舞台を拝見できたという
至福のひと時。
で、基本的にこの曲そのものは和歌の徳を賛美し、讃える事にのみ終始しているので、
水銀鉱脈がどーの、太陽信仰がどーの、とは全くといっていいほど関係ないと言って
も良いのですが、だったらわざわざ貫之と蟻通明神でなくてもいいような気もする
んですけどねー…

詞章は瀟湘八景や項羽本記の「騅不逝~」、文選など漢籍から引っ張っている部分が
多く、和歌との対比もあってか「面白し 面白し」

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| 能・狂言 | 23:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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トリプルトゥループで御法をうけ

とにかく超速スピードでやっている殺生石。
舞台の日取りが9月末なので、実質あと五ヶ月あるかないか。

ともかくも足取りだけでも先に習得して。というのが今の課題で、
それさえ終わったら後は個々の型を磨いて磨いて…というところです。
毎回毎回次の型、その次の型、と進んでいるので、ついて行くだけで
頭がパンクしそうだけれど、不思議なもので身体の方が覚えている。

最近、矢をつがえてのトリプルトゥループで目が回らなくなってきました。
慣れってこわい…

| 仕舞・お稽古 | 13:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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天に群がり 地に蟠りて

さくら花 春のお日和。
 桜もまだ散り去らぬ中、世は花見の宴が
 あちこちにて行われております。
 本日は矢来にて九皐会四月の定例会。

『千手』
昨日の『安宅』と今日の『千手』、二日続けて松田先生の笛で。
なんだろうな。とりたてて何が悪いという部分が無いというのが逆に悪かったような。
少しづつ何かが。一つずつボタンをかけ違うような、ある意味一番タチの悪い感触…
琵琶と琴に見立てた扇を見つめあうのも後朝を惜しむ姿もそれぞれ平滑単調で互いの
情緒的なものがどこかにいってしまってるかなぁ。
舞事も
「ああ、序ノ舞だなー」
という感じで。お囃子も皆さんそれぞれの方向を向いてしまっていたような気さえする。
もどかしくも入り込めない… orz

狂言は『文荷』。
私個人の評価では、狂言の曲の中では一、二を争う「お下劣」ネタだと思っているので
年配の方がされると生々しい部分が強調されたりする感じもあったりしますが、今公演
では三宅家の若いご兄弟の太郎次郎の両冠者とあって、却って明るく笑い飛ばしていて
楽しい。
「お返事でござりまする」のそれぞれのタイミングが絶妙<笑

お仕舞は喜之先生の『屋島』をはじめ、永島先生の『源氏供養』。永島先生を拝見する
のは久しぶりです。遠藤和久先生の『網之段』。
喜之先生の修羅物は一つ一つの形がピシピシと決まるので、まことに目の保養になります。
改めて、修羅物良いですね。最近私は人外の世界の住人になりつつあるので<苦笑

『春日龍神』
先月頂いたパンフの番組を見て、「おっ」と思ったのはこの春日龍神のお囃子の面々。

笛:小野寺竜一(一噌)
小鼓:鳥山直也(観世)
大鼓:亀井洋祐(葛野)
太鼓:大川典良(金春)

個々それぞれに活躍を見る事はあっても、ことこの組み合わせで拝見するのはもっぱら
研鑽会でしたので感慨一入。
大小の後見にそれぞれ幸正昭先生と安福光雄先生がついております。
いやあ、若いというのはそれだけ勢いがあって良い。
大川さんの太鼓は常々思うことながら、ピリッとした音がしてそれだけで盛り上がる。
わたくしのツボです。

ワキとワキツレの次第がうまくかみ合ってなかったですよ。というのはさておき、
春日龍神はついこの間までお稽古をつけていただいていたので、アレ?と思ったのは
今回後シテが一度も飛返リをしなかったあたり。
変だな。飛ばないというには何かあったのでしょうか。
私も最終的にはやらずに、今回のように「カケて回った」ので、
「ああ、このくらいの勢いで行けば良かったのか」と。
案外、見ている人は気づかないものなのかも。

附祝言は『嵐山』。桜の季節にはぴったり。

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| 能・狂言 | 18:39 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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もとより弁慶は 山塔の遊僧

花はほぼ満開なれども風は冷たい午後。
ソメイヨシノはもう終わりに近いのに、ヒガン系はこれからという、普段とは間逆の
花の季節となりました。
本日は香川先生の會。『安宅』です。
補助席も含めて全て満席という盛況ぶり。

『安宅 延年之舞 貝立
今年は友枝先生、粟谷能夫先生、と喜多流では立て続けの安宅イヤー。
香川先生の直面ものを拝見するのはもしかして初めてかも。
て、いう以前になかなか香川先生御自身、直面ものはあまりなさらないようで。

小書は公演曲の発表当初、「延年之舞」だけしかチラシには書かれていなかったの
ですが、今日配布されたパンフレットには「貝立」がついております。
狂言方の替エで、喜多流では延年之舞にはほぼ自動的に付随するとのお話もあるそう
なので、いずれにしろこちらも私は初めて。
子方は当初予定の友枝大風くんにアクシデントありとかで内田貴成くんに変更。

武蔵坊はこれまでの概念が覆るような静かな趣のある武蔵坊。
奥州に落ち行く判官一行を束ねる落ち着きのある知恵者であり、しかし押し出す所は
押し出す。
終始冷静さを失わない利け者武蔵坊というイメージながらも、判官の姿が露見した際に
「いで物見せてくれんとて」
と打擲する見せ場のくだりから一気に富樫に打ってかからんとする作り山伏供を金剛杖
で制するあたりはリアル迫力。
関を越えて一息ついたところに酒宴をもうけた富樫のすすめで舞を。
男舞から延年之舞に移行し数珠を巻き上げ飛びあがる様のキレの良いことといったら。
もとより舞の上手な香川先生のこと。抜キ足も見事で幕の前まで一気呵成に。
そして充分に間を取って余韻を持たせての幕入り。

以前の『攝待』の件があって、ややもすると開演前に不安な心持になったりしましたが。
(立衆の顔ぶれも大きく変わってはいなかったですし)
しかし、今日の立衆は終始緊張感漲る態で良かったですね。
一党のギリギリの緊迫感がメリハリ良く出ていたように思います。

「貝立」は、これから関にかかる手前の場面で武蔵坊がアイの強力に向かって
「さあらば貝を立て候へ」と命じ、強力は「畏まって候」と扇を半ばに開き、要の側をホラ貝
の吹き口に見立てて、
「つぅわーーい、つぅわーーい」
と擬音を発声します。ちなみにシテ謡の方向性によって陰陽二通りの擬声があるとの話
もあり、今回はやや陰的な印象も受けました。
(豪快パワー炸裂系のシテなら陽の声になるとか)
舞台上で脇正面へ向かう形もあるようですが、本日は橋掛リの二ノ松あたりで。

パンフレットには先生御自身、安宅は自身には不似合い、不得手であるとの旨、記載
されておりましたが、私は「“静”の武蔵坊」というまた違った解釈の仕方をさせて頂く
機会を得たことを喜びとしたいと思います。

次回、来年の第七回公演は『伯母捨』になります。

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| 能・狂言 | 22:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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