花月草子

清涼山の御亭

2011年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年01月

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つごもりの夜

早くも今年の大晦日。
新年には恒例のNHK新春能狂言のほか、二日夜には『融』の放送もありますし、
録画の仕度をしながら楽しみな気分に浸っております。

本年は色々と多難なことの重なりあった年でしたが、明くる年には何事も
ありませんよう、
皆様良いお年をお迎えくださいますよう。
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| よしなしごと | 20:53 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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年内のお稽古は終了

『小鍛治』は一応、格好がつきまして、今日のお稽古を持ちまして修了
という事に。
うーん、最終的にはまあどの曲もそうなのですが、自分の中での消化次第
というところですね。

さて、師匠の申しますには年明けからは
「『殺生石』の稽古をしようと思っています」
狐つながりではありますが、神使狐から野干にちぇええんじ!

…とはいうものの、改めて型附を見直すと結構行き道も長くて、弓を引いたり
放ったり、射伏せられたりと手組みが多いのう。
そういえば最近、扇を開かない曲が多いね。と思うのは気のせいでしょうか。
岩船、竹生島、春日龍神、小鍛治…

| 仕舞・お稽古 | 23:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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立ち別れ 稲葉の山の峰に生ふる

寒い風の吹く中、目黒まで。
どういうわけか昨年から「二人の会」を拝見するタイミングを失っていて、
21年の『道成寺』以来になりました。

『松風 身留
「熊野(湯谷)、松風、米の飯」といいますが、この度の『松風』につく小書「身留」
はかなり上演頻度が少ないのだそうで、見所は満員。補助席も多く盛況です。
ワキの欣哉先生の詞章からピシピシと頭に入ってくる感じがして、
「お、今日は(自分の)コンディションがいいな」
と思っていると大概そういう時に限って外野が煩い件についてはもう今更なのでもう
放っておきます<苦笑

松風の嫋々とした嘆きが直球で伝わってきます。
桶の乗った汐汲車から紅段の緒が引かれてするすると解けていくのが見るだに美しい。
松を松風村雨姉妹の旧跡、と話す僧に対しての松風のションボリとした表情。
物着が終わって再び松を見上げるふとした一瞬。松に行平の面影を見出して浮き立ち、
と刻々変化する松風の心理描写がとてもダイレクトで、ことに行平の面影を感じるあたり
彼女は喜びの中ながら、見ている側にはそれは裏返しの痛々しさ。
舞い上がった気持ちでいる所を「あさましや」と村雨に制され正気づく空虚の時間なども。

金の烏帽子に長絹は蘇芳地に花車と露芝の摺り。
中ノ舞から破ノ舞に至るまで、指先の使い方の巧みさ。
静かなハコビから徐々に激していくテンポの良さ。
見事なお囃子ともあいまって、躍動的な中にも端正な上品さを感じさせる松風。
破ノ舞最後近く、足早にツツと早いハコビで正中へ出て、松をじっと見つめる。
これが「身留」。
動きの多い「見留」の方がより一般的な小書として扱われるようですが、うん、私は
こちら(身留)の方が好きかも。
妄執の夢に捉われている風情が、動きの少ないことによって、より強く表現されている
様な気がします。

また、今日の物着が良い雰囲気で。
物着の間の静けさというのはいつ、どんな曲でもそうですが、アシライのお囃子が
響く中、ただ、後見の先生の鋏を使う音がパチン、パチンと響いて、やがて装束が
替わり、後見が下がった瞬間もとの場面に戻る。あの独特の空気が大好きです。

ただ、気がかりなのはツレの村雨を演じた塩津先生の方でしょうか。
どうもお具合が宜しくないようにお見受けしました。
元々お上手な先生であるという事は私自身何度も拝見して存じているし、それ故に
しばらく姿を見ないうちに…という事もあり一層気になります。

※タイトルの「稲葉~」は喜多流表記に従いました。

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| 能・狂言 | 22:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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怨鴦を殺せし科やらん

文楽を観るのも久しぶりとなりまして、
(と、勘定したら2009年の十二月鑑賞教室以来でした。まる二年ぶり<苦笑)
通常、五時開演のところ今日は二時開演日。

『奥州安達原』
外が浜~善知鳥文治住家~環の宮明御殿の各段、朱雀提は略。
2008年の九月公演で朱雀提から谷底までは観ているので、本月はその前段。
前回、「善知鳥の段が観たいな」と言っていたら思いのほか早く実現しました。
こうなると大序観たいなー。

さて、此度のプロローグとも言える「外が浜~善知鳥文治住家」。
前半は下ネタオンパレード。まぁ、しかし漁師町ならではの「あけすけさ加減」
で、あくまでも明るい下ネタです。
締まりはじめるのはやはり文治と南兵衛が登場して話が回り始めてからですかね。
前回の様に三段目(朱雀提~環の宮明御殿)から観ると宗任バカキャラになって
しまうようですが、二段目(外が浜~善知鳥文治住家)を観ると若干宗任に
感情移入できる…かな?

自らの殺生の業と主君への忠義、知らぬこととは言いながらも板ばさみになって
苦しむ文治(善知鳥)安方を和生さんが好演。
中の津国さんは四日目にして早くも声が荒れ気味なのが気がかりですが、
奥での文字久さん、錦糸さんでフォローできていたので良しとして。
いや、さすが善知鳥の謡を引いているとあって、
「琴碁書画をたしなむ身とも~」、「出離生死頓証菩提」、「血の涙」、「簑笠手向け」
などなど関連事項があちこちにちりばめられて登場するのが観ていてただただ感心。
近松半二、恐れ入りました。

「環の宮明御殿」
えーと、前回も袖萩祭文は千歳さんだった気がして、後で過去記事を遡ったら
記憶通り。
ただ、今回は浜夕の遣いが…これは私の主観なので、他の方から観たらどうなのか
判りませんが、少し雑かな。と。
たとえ、袖萩やお君への愛情がこらえ切れぬものであったにしても宮様の守役の奥方、
としての風格が身についていないと感じます。
仗も義家も「なんとなくそこにいる」だったなぁ…
例年東京の十二月公演は若手・中堅主体なのであれこれ言うのも大人気ない気も
しますが、二年ぶり、ということで楽しみにしていた部分も一応あったので、
一部の方を除けば進歩らしい進歩が無くて…この段はちょっとがっかり。

それでも袖萩祭文での富助さんと勘十郎さんの三味線シンクロはさすがに見事!
あ、幕開きの三番叟も良かった<そこかい!

| 歌舞伎・文楽 | 21:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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