花月草子

清涼山の御亭

2011年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年10月

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勅使に捧げ申し

小狐丸を勅使に捧げるトコまで来ましたよ。
たまたま今回のお稽古ではパンツにベルトをかけていたのでどうにか
格好がついたものの、実際には袴の腰にたばさむ事にあるので位置が
変わってしまい感覚がつかめないし、素早く次の型に移る事が出来ない。

みぞおちあたりにベルトをかけてみるか、服の上から正しい位置に
角帯を締めてみるか。というのが次回の考え所。
母は伊達締めを締めたらどうかといいますが。
いやそれある意味「下着のヒモ」だから orz
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| 仕舞・お稽古 | 22:48 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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あれは我が子か

久しぶりに九皐会に出向くも、夏の疲れが若干あると見えてパイプ椅子の
感触が結構辛かったのはさておき。
(脇正面パイプ椅子席はなまじ指定席より気に入りの場所があるのです。)

『隅田川』
「九月の隅田川というのは存外に斬新な気持ちで見ることが出来る。」
というのが判りました。旧盆から数えて日数それほど離れていないせいも
あるかもしれません。
ワキ方の先生は数おれど、この渡守に関しては閑先生が真打と個人的には
思っておりますので、拝見できるのは有難い。
また狂女モノはできるだけベテランの上手な先生で目肥えを養いたいので
今日の番組はうってつけ。

面の横からの目元の彫り具合が哀しくも美しい表情の変化を見せてくれるのです。
少し今日はシテワキともにサラサラとしたきらいがありますが、それでも
梅若丸の「なーむあみだァーんぶー」後に塚の前での母のハッとした姿と、
わが子が消え失せてしまってからの茫然自失感は流石か。

塚の後ろで梅若丸に扮した子方の長山凛三くんを終始見守るように丁寧に後見を
勤めていた古川先生もまた素敵(笑)

狂言はこの時期お約束の『萩大名』。
しかし、十郎さんがお勤めになるとどうしてこうもクスクス感が強くなるので
ありましょう。
十郎先生の「食えない」おトボケぶりが大好きです。

お仕舞と休憩を挟んでの『三笑』。
以前に拝見したのは2008年の国立の二十五周年時の企画公演で
シテ(慧遠禅師):大槻文藏
ツレ(陶淵明):梅若六郎(玄祥)
ツレ(陸修静):観世銕之亟

という世にも何とかな舞台でして、この時は舞童もついていかにも
「のんびりとした禅画」
といった風情でしたが、そういった意味では今回のシテツレ三人は頑張って
…はいらしたもののスケール感にはちょっと欠けるかも。
若いだけでは出せないものもあるという事でしょうね。
最も見ている方も相舞の方に意識がいってしまっていましたけど。<苦笑
(でも、三人の先生の拍子はきちっと合っていましたよ。流石だ。)

できればこの曲は喜之先生、遠藤六郎先生、永島先生あたりの長老グループ
で、お正月明けか師走、或いは別会などの公演で賑々しく拝見したいな。
というのがささやかな望みであったりします。

附祝言は『難波 キリ
そういえば過日の浴衣会の附祝言も同曲だったような。

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| 能・狂言 | 21:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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十牛図と秋庭歌

国立劇場開場四十五周年記念
『十牛図と秋庭歌 一具 -新たなる伝統の創造- 』

幕が開いてまずは声明の『十牛図』から。
宋代中国から伝わった禅画「十牛図」を元に新たに創作された新たなる声明。
「失ったものを追い求め、それを心の中に発見し、得て、そこを無の起点として
 新たな自分を見出し、また周囲に手を差し伸べられるようになり、
 個々がそれを感じ取ることによって世界はより回っていく」
砕いて言ってしまうと簡単なように聞こえますが、実際、俗世の垢にまみれて
暮らしている身としてはなかなか。
ただ今年は大きな災害もあり、十牛図に自らを投影して見た方もいらっしゃるの
かもしれません。

元の画とそれに賛として付随する漢詩をベースにしているので、厳密に言えば
経典を読むのとは違いますが、悟りへの道をいざないと、今回つけられた副題
「鎮魂と再生への祈り」
という概念は宗旨を問わず仏道においては普遍なるものではないかと。
そして、最後は宗旨を超えての般若心経。

この度の公演では、下記三宗派の御僧が参会しての形をとりました。
・浄土宗縁山流声明 増上寺式師会
・真言宗豊山派 迦陵頻伽声明研究会
・日蓮宗声明 研声会

浄土宗、日蓮宗の御僧はそれぞれの格式の法衣に五条袈裟。
真言宗の御僧は揃いの七条袈裟で。
各会それぞれ何人づつか、中に美声の御僧がおりましたが、全体的には
浄土宗の会が響きが良かったような。
そしてアクセントに打ち鳴らされる明珍火箸と南部鈴の澄み渡った音色が
大変耳心地の良いものでありました。

25分の休憩を挟んで、雅楽『秋庭歌 一具
雅楽とは言ってもいわば新曲で、初演は昭和54年。
作曲は武満徹。楽は伶楽舎。(初演時は宮内庁)
・第一曲 参音聲
・第二曲 吹渡
・第三曲 塩梅
・第四曲 秋庭歌
・第五曲 吹渡二段
・第六曲 退出音聲

新曲ゆえ、左でも右でもなくましてや「調子なにそれ?」。
高麗笛と龍笛が同時に存在する、フリーダムな世界。
オケの洋物の楽譜に置き換えたらそのまま通用してしまうのだろうなぁ。
でも聴いていれば管弦の雅楽。という摩訶不思議。

多分、「武満徹」という名前が頭になければ「面白い試みですね」で
受け流してしまうかもしれません。
しかし、各曲そこかしこに武満ワールドが炸裂しているので、見ていた当方
としましては、今回同行してくださったむじ姐さんと一緒に頭の中が
「『赤穂浪士』 名場面集」
になってしまっていたのが<苦笑 というか、「赤穂浪士」の一言につきる

いや、繰り返すけれど本当に、それさえ頭に無かったら面白いですよ。
なんというか、いろんな意味で楽しい公演でした。
国立の良い所はこういう面白い試みをコンスタントに続けている所です。

| 雅楽・舞楽 | 23:12 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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