花月草子

清涼山の御亭

2011年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年03月

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国立劇場 第69回雅楽公演

唐楽四大曲の筆頭ともあげられます『蘇合香』。
この度の演奏は昭和50年以来のことになり、
(その際もカタチとしては不完全なものでした)
新たに一具の完全演奏のために曲を整理しなおし、なおかつ今年は
「序一帖、同三帖、同四帖、同五帖」のいわば前篇ともいえる演奏。
序二帖は桓武天皇の時代に紛失という事で、かなり昔の段階で無くなっています。
「破」、「急」を奏する「完結篇」は来年へのお楽しみとなりました。

舞台 ・左方唐楽盤渉調 六人或いは四人舞『蘇合香』
  (今回は六人舞)
 ・右方高麗壱越調 四人舞『狛桙』

『蘇合香』
一応、区分としては盤渉なのですけど、実際に奏されるのは壱越だったりして、
このあたり、研究者の間でも色々と論議になっているようですが。
序を通して鞨鼓の奏法にさまざまな形が混在し、どちらかというと菅楽器よりも
鞨鼓の方に耳がいきます。その打法の多さに脱帽。
鞨鼓以外にも色々と聞き分けていればまた違いも見えてくるので、曲が長い分
じっくり見て微妙な音の違いを楽しむも良し。
ただ、逆に長い分、舞人も休み無く舞い続けなければいけないし、この曲だけの
特殊な型(「取違」など)もあるし、大変だなァ。と思いつつも、四帖最後で一臈が
「やってもうた」のを見逃さない根性悪な私たち。<爆
それでもなんだかんだと失望感のかけらもなく見ていられる楽部の偉大さをヒシヒシ
と感じます。民間では一、二の団体を除いてもこうはいかない。

作曲の経緯については、天竺アショカ王の病がこの「蘇合草」の処方により治癒
した事を寿いで作られたとされていますが、「蘇合草」そのものは唐の時代でも
高級な脂の素材として取引されていたようで、李卓吾本が定本の西遊記百回本では
「第九十一回 金平府にて元宵観灯する」のくだりに元宵節の三つの特別な金灯
を灯す為に “一つあたり五百斤の蘇合香油を入れて三晩で使い切る。” との記述が。
香油は民をたぶらかした妖邪が喰らうというお約束ですが、五百斤ねぇ…
一斤=600gですから、大概な量ですね。
蘇合香油にはバニリンや桂皮酸などが含まれているので、聞いたらさぞ芳しいので
ありましょうな。
別様の菖蒲甲はその蘇合草の草形を模したもの。草が動きまわるww
メインの装束は朱の襲を大曲らしく諸肩袒にて。

『狛鉾』
2009年の明治神宮の秋大祭の際に舞台脇から拝見しましたが、今日は正面より。
大劇場ということで神宮のように近寄って見るわけにはいきませんが、
プログラムの写真で見るかぎりは装束は同じかと。
やっぱり、内と外の違う舞台で見ると印象がかなり違う。
中央に向かって四人舞人が並ぶのは脇からだと見えませんし。ただ若干それが故に
立体感の乏しい舞台になったかな?と。

高麗楽は派手さは無いながらも高麗笛の寂び寂びとした音のたたずまいや、三ノ鼓の
ポクポクとした音が私好みなのですが、今日の三ノ鼓は音が悪くて残念~

蘇合香狛鉾
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| 雅楽・舞楽 | 23:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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身は有明の月若を 求めて雪に迷ふなり

強風ダイヤで電車が徐行を繰り返しているとの事で、少し早めに家を出て、
その間は展示資料室に。
縫箔のいいものがいくつか出ていました。
蝦夷錦の半切は近くで見るのは初めてで。ただ柄は清朝の官服用に織られた
ものなので、京劇を見ているとお馴染みの柄です。
四爪の龍だったので、もともと高官用の生地なのではないかしら。

狂言は茂山家による『惣八』。
この三兄弟を揃って見るのは久しぶりかもよ?
ただ御三男は上の御二人に比べて随分と水をあけられた感が強いですね。
小さく収まってしまっているというか。
こういう感じじゃなかったような気がするんですけど。

僧の魚食はまだしも、法華経の経巻をまな板で切ろうという発想が当時にして
既に危険思想のカホリ紛々。

『竹雪』
宝生流での上演機会も稀。金剛流では廃曲とは言わないまでも上演ほぼ無し。
喜多流でも永らく途絶えていたものを1996年から複曲して今回で三度目。
そして、シテは、多分こういう役でこの方をおいてはいなかろうべし。
という訳で席は随分と早いうちからお願いして取って頂いていました。

閑先生扮する直井左衛門が橋掛リを静かに進んで来るとそこはもう、あたりの
庭に雪降り積もる邸の渡殿ともいう風景。
継母の満斎さんは普段より抑え目の演技で良い塩梅。此の役は仇役ですが、
悪心の強い継母ながらも、けして嫌らしくなく、サラリとした印象。
あまり憎憎しい体が際立つと曲柄そこばかり目立つ事になってしまうので、
このくらいが良いのでしょうか。初見なのでなんとも言えませんが。

香川先生の「月若ノ母」は深い慈母の眼差し。
いとけない年頃の月若と離れて暮らす母の気持ちがよく表されていて、
月若の小さな肩を抱いて傾けた面の微妙な視線の行き先がとても表情豊か。
内田貴成君演じる姉が常に母に寄り添い、共に弟を心配する雰囲気が良く
出ていました。
惜しむらくは…着付けが…<泣

今回月若を演じた友枝大風君はとても声の通りが良いというか、一音一音
はっきりと発音しているのが良いですね。
一箇所心配がありましたが、その後の立ち直りも早く。

寒さに凍え、雪に埋もれて(雪は白練を被せて表現)死んだ月若を探し当てた
母の一瞬の驚愕と蒼白と嘆き悲しみ。というのが非常にリアルな姿で構成され。
束の間にもあの面が極端に表情が変わって見えるのですから。
また後から何も知らずに戻って来た父(直井左衛門)をなじる姉娘の言葉の矛先が
「継母御をば恨むまじ、ただ父御前こそ恨めし候へ」
と娘の立場からのストレートな怒りであったりと、後場は演劇要素がかなり強く、
より夫婦、母子、姉弟の三様の悲哀が抉られて。

さて、月若はこうした皆の嘆きの中、「竹林の七賢」の力によって蘇生がかない、
再び母の胸の中に飛び込むようにして、また夫婦仲も元に戻り、めでたしめでたし
の結末を迎えるわけですが、七賢の声が天空から聞こえてくるという設定をどう
表現するのだろうと疑問に思っておりました所、
(上演プログラム詞章には“地謡”と書いてあるだけなので)
だって、神能の様に七賢が登場して舞を舞ったりする訳ではありませんし
「竹林の七賢竹故消ゆる緑子を、また再び返すなりと」
ここだけ、地頭の友枝先生がお独りで。
ああ、なるほど、その場で聞くと結構なスペクタクルファンタジー。

全体がドラマチックな内容ながら、舞台には深々と絶えず雪が降るような静けさに
覆われるかの如く、淡々と静かに進み、最後に一同の悦びが極まり、閑先生の幽見
で晴れ晴れと締めくくられ…るのだけど…

継母はその後どうなったのかなぁ…

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| 能・狂言 | 22:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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三月の研鑽会の抽選に当たりましたー♪ ヽ(゚∀゚)ノ
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| 能・狂言 | 23:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『戀重荷』と『綾鼓』

能作書 『能作書・覚習条条・至花道書』 
 岩波文庫 青
 世阿弥著 野上豊一郎校訂

世阿弥の物する「能作書」では、
「一、大よそ三體の能、近来、おしいだして見えつる、世上の風體の數數」
として、現在は廃曲になったもの、或いは曲名の変ったものも含めいくつか
大体のジャンル毎に別けて曲がならべてありますが
「如此碎動風。」
として
・戀のおもに(戀重荷)
が挙げてあります。

この後、文の続くことには、
 此能共をもて、新作の本體とすべし。凡、近代作書する所の數數も、古風體を
 少しうつしとりたる新風也。昔の「さがものぐるひ(嵯峨物狂)」の狂女、今の
 「ひやくまん(百萬)」是也。 ~中略~ 「戀のおもに」、昔「あやの大こ(綾太鼓)」也。
 ~中略~ いづれもいづれも、本風をもて、再反の作風也。其當世當世によりて、
 少少こと葉をかへ、曲をあらためて年年去來の花種をなせり 云々」

ああ、するとやはり、女御に恋した『綾鼓』の老人のやるせなさと怒りとが
織り成す救いの無さは『戀重荷』に書き改められた事により、最後に女御の
守り神となる事で昇華するように世阿弥の時代に作られたのだという事で。

山風吹き乱れ 恋路の闇に迷ふとも 跡弔はゞその怨は 霜か雪か霰か
終には跡も消えぬべしや これまでぞ姫小松の 葉守の神となりて
千代の影を守らんや 千代の影を守らん (戀重荷)


『綾鼓』の老人への手向けとも言えるような『戀重荷』。
これからはまた彼を見る目が違って来るかもしれません。

典籍をあたるとこんな世界も色が変って見えてくる。 

| 書籍 | 14:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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フェイク ~能面の告白~

素晴らしくツッコミ所が多すぎてどこから突っ込んでいいやら
よくわかりませんが。

とりあえず浦沢右の髪型で見所の席に座られたら、後のお客さん
は気分が悪いだろう。しかもあんな場面で席を立たれて<苦笑

しかし、右、そんなに気になる面があるなら無理して楽屋突入しなくても
須藤先生の紹介で夏の装束干しの日にでも見学したら良いと思いますが。

| よしなしごと | 23:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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