花月草子

清涼山の御亭

2010年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年05月

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観世九皐会百周年記念特別公演 先代三十三回忌追善公演

観世九皐会百周年記念特別公演と先代二世喜之先生の三十三回忌追善公演を
兼ねた公演です。
海の外に旅行に出ていまして、つい一昨日日本に帰って来たばかりなもので、
今日の盛りだくさんの内容に対し少々疲れと時差ボケが残り気味の私は
眠くならないかどうかがキモ<ヲイヲイ

『三山』
融通念仏の上人一行が奈良の地にたどり着き、地元の人間(アイ)に、
「あれは何山か」
と尋ねれば、地元の人は
「あれは香久山、あちらは耳成山、畝傍山…」
と答え、そのうちに「なうなう」とかいつもの一声もなにもなしに前シテが
さっさと出てきて「いかに御僧~」とはじまる。

前シテは「香久山の膳手公成」と「耳成山の桂子」は夫婦であったのに、そこに
「畝傍山の桜子」が割って入ったがために男の心が桜子に移り、桂子は池に入水
したと話す。
花のある桜子には、桂子はかなわないと…
永遠のテーマというか、なんと申しましょうか。詞章的には完全に後向きな桂子
ですが、喜正先生がされると、けっこう恨みの塊というか昂ぶった調子の高い
桂子になるのですね。鐵輪と似たような雰囲気。
死ぬ決意をした者には誰も勝てないということか。

後では回向する上人の前に、先に桜子が手に花枝を持って登場。
ツレといえども、妻から夫を奪ったほどに美しい女ということで、シテに劣らぬ
華麗な唐織をつける桜子。
後から葉枝を持った桂子が。「あら羨ましの桜子や また花の春になるよなふ」
と嫌味を炸裂させてカケリを舞った後に「なによ!」という強い感じで桜子を枝
で打ち、花戦ならぬ「後妻(うわなり)打ち」が展開されます。
今回は喜正先生と長沼先生という背の高い先生同士のやりとりで、見た目に
とてもバランスが取れているかと。
しかしこの時代、桜子も羽振りの良い男をなんとかしてモノにしなければ自分の
生活がかかっているのだし、一概にどちらがどっちとは言えないのよね…
桂子がヒステリックになっている分、そういう思いが強くなる。
桜子は打たれて泣きだしてしまうし。
最後には二人揃っての成仏を上人に願い出て終るのが救いというか~かな。

そして、芳伸先生の船辨慶まではなんとか記憶はあるけど、
(万三郎先生の藤戸がお素敵でした…)
御宗家の一調では完全に落ちる<爆

休憩で一息ついてから、喜之先生の『関寺小町』。
これが見られなかったら、あちらの空港で怒り爆発してたかも(笑)
百歳の小町を観世家のシテが演じるのは明治初年まで遡らなければならないとか
で、老女最奥に位置する本曲は皆様長袴で。

寺の近くに歌を極めた老女がいるらしい、と住侶が稚児と僧たちを連れて
訪ねて参り、作リ物の庵の引キ廻シがはずされると庵の壁に短冊を幾枚も
かけた中にちんまりと老女が座している。
住侶と歌の道を論じ、心得を語り、衣通姫のゆかりを語り、只者ではないと
気づいた住侶はそれが小町の老いた姿と悟る。
子供は無邪気なもので、老女に「七夕の祭りを一緒に」と誘い、住侶も
「是非に」と請う。
祭りの中で稚児の舞う姿にかつての豊明の五節舞姫の姿を思い出し、つい
つと、立ち上がって自分も舞い始め、ふと現実に引き戻されて恥じいって
庵に戻って行く。

かいつまめば簡単な話ではあるけれども演じる方も見ている方もそんなに単純
ではないのです。
とは言え、小柄な喜之先生の老いた小町はとても知的で過去の美しさの名残を
充分に留めてなお品の良さを感じさせる小町でした。
舞と言っても、何せ百歳の老女だからスンナリ舞うわけでもなく、ふらふらと
した儚さなども感じさせて。
その前の閑先生との歌の問答も「じっくり聞かせて貰う」という言葉の通りで、
またお囃子の先生方が皆素敵でね。ああ、ここにいられて良かったなぁとしみじみ
思う事であったことよ。と。

ただ残念なのは、シテ、子方、ワキ、作リ物を運ぶ後見、お囃子…と一方一方
退場していく毎に拍手が出てしまったので、タイミングを失ったのか、最後の
「追加」がなくなってしまったということでしょうか。
地謡の先生方が立ってしまって、多分判ってる人は「あれ?」と思ってしまった
と思うんですよね…
最後に追加が締まらないのが残念でした。

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| 能・狂言 | 23:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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かの昭君の黛は

四月の国立定例公演。チケットを取ったのが大分遅い時間だった
にもかかわらず、脇正面としては絶好の位置でしたのがナントモ。

狂言の『口真似』は久しぶりに茂山家のものを拝見。
正邦さんなんて、ここ何年ずっと見ていなくて、(大体後見だったり…)
久しぶりでした。しばらく見ない間に大分腕を上げた気がします。
丸石さんが勢いよくぶち飛ばされていましたね。流石(笑)
「一線の一歩手前」で止まらずに突き進んでしまうのが茂山千五郎家ですな。
ほぼド突き漫才と言おうか。それはそれでアリ。

『昭君』
大槻文藏先生と梅若玄祥先生の両シテという形での公演となりました。
現在「現行」とされているものは前シテ・後シテを同一の人が演じる
ということのようで、今回は「古式」をふまえての上演。
ただし替エの部分もいくつかあり、作リ物の半枯柳も出さないというのが
多いながら(出しても枝のみとか)、今回は柳の引キ回シの中からツレの
昭君の霊が姿を現すという趣向になりました。

娘昭君を後宮に差し出したのち、韓邪将に遷されたことを受けて
形見の柳の木を見ては嘆く白桃王母の老夫妻。
その柳も枯れかけ、娘の命を案じながらも、せめては鏡を通して姿を。
という所に今と違う上古の鏡に対する信仰めいたものがあり。
しかし、なぜか最初に映るのは恐ろしい姿の韓邪将。
老夫妻に「恐ろしや鬼とは言はん面影」とか「姿を見るも恐ろし」などと
言われて、何故自分が恐ろしいのか?と鏡に映る自分の姿を見て「…」と
思い、自らを恥じ入る姿に韓邪将にも人らしい心があると物語る。
匈奴に住む人はなべて漢の人間からはマトモに人間扱いされてないのだろうな。
というのは日本人ならよく判る心理なのではないかと思うこの頃。
(漂着した白人をみたら天狗や鬼と思う国ですから…)
韓邪将が恥じ入って姿を消した後に残る昭君はただそこに座っているだけなのに
そのはかなげな姿が印象に残る舞台でした。
霊になっても舅姑にわざわざ挨拶に来るところなど、韓邪将も良いとこあると
思うんですけどね。

韓邪将の房がフサフサ(笑)な裲襠と昭君の縁にヒダを寄せた軽目の裲襠。
裲襠をつける事で異民族の装束という事を現しているのかしらん。

大槻文藏先生の小柄な老白桃と玄祥先生の大きく激しい韓邪将。好対照な
両シテでそれぞれの持ち味を生かしたすっきりとした舞台になりました。
登場人物が多いわりに判りやすい内容の曲であるためか、今日は外国人の
方も見所に多くいらしていたように見受けます。

昨日も書きましたが夏には私自身、『岩船』ということもあり玄祥先生の「働」
の部分は結構注目して見ていたのはナイショ。

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| 能・狂言 | 21:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ハンダイリウヲオハ~

夏のお浚いの課題曲。本年は『岩船』。

観たことないよ。と家に帰ってから解説書をひもとくと
観世流では前場省略の「半能」とな。
観たことないわけです… orz

とりあえず宝を積んだ御船を招き猫しないようにというのが課題
ということで<爆

| 仕舞・お稽古 | 22:58 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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鬢髭白き老武者なれども

第四回の香川先生の会です。
ここのところ水道橋を使用しての公演が続いたので目黒まで来たのは
久しぶりになりました。
ちょうど最後の花が見頃かな。というころあいですね。

狂言は『花盗人』季節はピッタリ。しかし…二月にもちらっと触れたのですが
もう本当に万蔵さん苦手かも知れない。
半分以上舟漕いでました。話の進行がわかってるからいいものの、初見の狂言
だったらかなり危険なレベルかも…
でも桜の作リ物はとても綺麗に花が咲いていて、そこは印象に残って<爆

『実盛』
馬場あき子さんも述べておられましたが、言わずもがな斎藤別当と源三位は
源平合戦物の二大老武者。
平家のケチのつき始めである富士川合戦敗走の遠因ともなった人物でもあり。
後に木曾殿が旭将軍などと名乗って都を荒らす元を作った人物でもあり。
実は一連の合戦の陰の主役なのではないかと私などは思っています。
源三位が当時の摂津源氏の頭領という立場を貫いて討死したのに対して、
斎藤別当は今でいう傭兵家業の武者であったために、エピソードの範囲が
幅広いのですが、やはり篠原合戦における斎藤別当の話は、若ぶった姿で
戦場に出てくるところばかりがクローズアップされるけれど、
「自分は死に場所を探しているのだ」という思いと、
「小松中将を無事に生き延びさせねば」という使命感と、
「昔自分が逃がした木曾殿の手勢に討たれるのは本望」とか、
いろいろまじってるんだろうなぁと。
で、霊体になって上人の説法を聞きにきてせっかく心の整理がついてきた
のに上人に「名を名乗れ」と言われて「えーなんでいまさら」と「思ってしまう部分」
があるという所にへんな「昔のこだわり」というかすっきりできない部分があって、
それがある故に成仏できず地縛されている。
この人間くささ。
上人は「こそこそしていないで名を名乗って、懺悔してすっきり成仏せよ」
と申しているのです。

前シテでの上人との問答には恬淡とした老人のしずかなたたずまい。
そして「名乗れ」と言われてその苦しさを徐々に咳き上げるような感覚。
後シテにはまず眼目たる首級洗いを見せ、続いて剛勇を誇る手塚太郎相手の組討。
そして力及ばず討たれる様を。
捧げた中啓の上に本当に御首級が載っているかのような、ぞくりとするような
手のさじ加減が絶妙…

次回来年の会は『朝長』。三修羅のうち二つ続く事になりますね。
せっかくだから懺法が入ってくれたら良いんですけど。って大変だし難しいかやっぱり…

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| 能・狂言 | 23:58 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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