花月草子

清涼山の御亭

2008年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年04月

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お祥月

今日は六世中村歌右衛門丈のお祥月にあたります。
もう八年も経ってしまいました。
お亡くなりになられた日の天気の変化の見事さは今でもなお語り継がれて
おりますが、最後まで花子の様に、お静の方の様に、淀殿の様に逝かれた。

…て、今のお芝居を取り囲む、憂える現状についてつらつらと書こうかと
思ったのだけど、どう書いても毒吐いてしまうばかりになるのでやめにします。

いつまでもあちら側から仲の良ろしかった立役さん方、あるいは「好敵手」と
花を競われた方々と一緒にこちらの行く末を見守って頂きたいものです。
お好きなテディベアにかこまれて、もしくは皆さんで雀卓をカコみながら(笑)

初音の鼓
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| 歌舞伎・文楽 | 23:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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微妙の御声麗しく

二ヶ月続けて『壺坂』というのもどうかと思ったんですが・・・
地方公演の『生写朝顔話』の方はチケットを取りそこねてしまいましたので。
こちらの巡業で。
江戸川総合文化センター 16:00開演(15:30開場)
『伊達娘恋緋鹿子』(火の見櫓の段)、
『壺坂霊験記』(沢市内~山の段)
フランス公演組帰国公演(笑)とあいなります。

最初の『火の見櫓』、なんかどう言ったらいいんですか。
人形の感情がちっとも伝わってこなかったのですよ。
頭をハデにふりまわしてるだけ?? なんだかなぁ~
語りも三味線も悪くはなかったのに、「…」な出来でした。

間に太夫、三味線、人形の説明がはいりました。鑑賞教室的。
それぞれ呂茂大夫さん、清志郎さん、一輔さんが担当。
客席から三人の女性が指名されて舞台にあがり、三人で人形を操って見ます。
今回は男の人形。当たり前ですがいきなりやれといわれても合うハズもなく。
一輔さん曰く「いきなり上手くやれたら、我々も立場無いんで」に場内笑いの渦。

さて、『壺坂』。二月公演では沢市さんだった勘十郎さんが今日はお里です。
語りは英大夫さん。三味線は燕三さん。
針箱を使い出すとその仕草の細かさに場内がどよめきまくりです。
簑二郎さんの沢市がちょっと固かったかもしれません。
でも全体的にはそう悪くはない出来だったかと。
壺坂はわかりやすい話なので、私が座っていた周辺の若い層も最初は
配られた床本を見ながら「わからん」という声が多かったのですが、
始まってみれば結構わかった模様。

かえって『火の見櫓』の方がわからんという方が多かったようで。
まあ見取りで唐突に「吉三さんはやつぱり切腹」て言われてもな~
前後不明ですしね、て感じか。


ところで、壺坂の時、「このところ…太夫~、豊竹英大夫~」とかかった時に
「はなさだゆう!」
と大向こうモドキがかかったんですよ。
「はなぶさ」じゃないよ「はなさ」
やめてえぇぇ恥ずかしいいぃ!
さらに、終演後。後ろに座っていたカップルの彼氏の方。
「オレ、人形つかってる人より、あの 喋ってるおっちゃん の方ばかり見ちゃったよ」

おっちゃん、おっちゃん、オッチャン、オッチャン…(エコー)

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| 歌舞伎・文楽 | 21:42 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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袴ハカマはかま

先生に生地の色見本を見せて頂きました。
元々鼠色系でシブく決めたかったので、他にもさまざまな心惹かれる色があった
のですが、やはり初志貫徹という事で、鈍色のような超渋いグレーの方向で次回
相談してみます。
第二候補が枯草色っぽい生地。(やはり渋い)
この二色ですと浴衣の紺や浅黄に映えますし、色無地とか着ても浮かないし♪

あぁ、そんな事より、経正が一向に終わらないー<泣
半ツボメのところまでは来ています。

| 仕舞・お稽古 | 23:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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花を散らしてどうど打つ

九皐会三月。
お能は『難波』、『野守』。狂言は『文山立』です。
お仕舞は『田村』、『源氏供養』、『笹之段』。

昨日から前シテは老人の姿が続いております。(笑)
同じような拵えの老人でも選ぶ装束や白髪の髷の形など細かな箇所は様々。
また、一月よりこのかた、個人的に「梅」にちなんだ事がお能に限らず多くあり、
今日の『難波』も梅の曲。いつまで続く梅の香ぞ。

この曲は仁徳天皇(難波帝)の治世を寿いだものですが、後シテの「百済の王仁」
と、唐突に百済人が出てくるのにはピンとこない方もいるのでは。
王仁は応神天皇の時代に百済から渡来した学者で古今和歌集にこの歌を残しています。
「なにはづにさくやこの花ふゆごもりいまははるべとさくやこのはな」
『難波』は曲の詞章も古今の仮名序からの引用が多いですよね。

今日の後の王仁は群青地に鳳凰が群れ飛ぶ狩衣が美しい。
後ツレの木華開耶姫が着ている花丸尽くしの朱の舞衣と良い対比。
舞楽尽くしも良いですねぇ。
でも、前の居グセが長いので、退屈気味だったお客様も多かったようで。(苦笑)
私はわりと好きですが。

『文山立』
えと、「ケンカするほど仲が良い」っていう事でOKですか<笑
始めの山賊二人の登場で山賊の則直さんが後ろから「やれ、やれ」というのは
「やれ捕まえい」の略。片やそれを聞く則重さん扮する山賊は「遣れ(逃す)」と
いう日本語勘違い問答。
展開としてはまことに「オメデタイ<爆」ホノボノ系ではありますが、
果し合いをする段になるとやはり緊迫感が違いますね。ここが山本家の地力という
ところでしょうか。

『野守』
一言…栗林先生の笛がキョーレツでした。鼓膜にビリビリきました。(笑)
それに負けじとお囃子の先生方の勢いがスゴかった…。
鬼神が派手な拵えなので、それを受けるワキの大日方先生は紺無地の表着に
白の大口、手にする数珠に真新しい赤と青の房が鮮やかに…という、とても
スタイリッシュな若々しい山伏姿でした。細身ながらも深い発声が素敵。
山伏の揉む数珠の力強さに比較すると、鬼神の勢いがちょっと弱かったかなぁ…
奈落への地を踏みやぶれたかどうか、微妙かも。
さて、鬼神の持つ鏡。私が今日座っていた位置では思いっきり鏡に照らされました。
「一面八丈の浄玻璃の鏡」には私の何が映ったのでしょう。

一年越しの桜餅(゚Д゚)ウマー


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| 能・狂言 | 19:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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花にうつろひ現れ給ふは

国立能楽堂三月普及公演は『雲林院』と狂言『仁王』。
今日は、先月の発売日にちょっと出遅れたこともあり、GB席にて。
GB席からこんにちは

狂言は大蔵チームと善竹チームによります『仁王』。
吉次郎さんと忠一郎さんの博奕打ですが、なんで忠一郎さん(アド)の家に仁王の
コスプレセットがあるの~?とは言わないお約束。
吉次郎さんが金剛杵をかまえて口を「あ (阿)」と開けると見所からこぼれる笑い声。
忠一郎さんが騙くらかして引き連れてきた参詣人の立衆五人のうち、大蔵家の三人
(教義、千太郎、基誠さん)は当たり障りの無い「お願い事」に対し、善竹家のお二人は
富太郎さんが
「海一つ向こうのぶらじるという国に参った十郎と大二郎が無事に帰って来られますように」
隆司さんが
「近ごろの景気の低迷を…」
とウケ狙い。(笑)。
二度目の参詣では彌太郎さんが大草鞋を持って登場するや否や見所は笑いの渦。

お能は宝生流の『雲林院』。二月の友枝先生の『小塩』に引き続き在中将モノ。
(と、言っても二月の方は行けませんでした)
衣斐先生の運びはツツ…と滑るようで、滑らかで。
前シテの老人が橋掛かりから舞台へと現れる際に、詞章を一区切り一区切り
するごとに語尾をすうっと落としていくのが、いかにも老人らしい態。
後シテの在中将姿の序ノ舞までとても見事でした。
舞に入る前の少ない動きの中に緊張感が持続するというのか。
今年の宝生の月並など定期の公演では衣斐先生がシテを勤める舞台はなかった
ハズですから、今日見る事ができて良かった。
ただ、地謡の方がちょっと寂しかった印象も。

在中将は武官でありますから通常の拵えですと冠の纓は巻いてしまうわけですが、
宝生では垂纓のまま老懸をかけるのだそうです。
もっとも、普段、衣冠や冠直衣の折には武官でも垂纓ですし、警護の任などにあたらない
場合には闕腋袍を着けても冠は垂纓でも差し支えがなかったようです。
でも…老懸つけてるしなぁ…御流との事ですから深くは詮索しないという事で。

ところで、今日はやたらと周辺のお客さまのカサコソ音が耳につく日でした。
今ひとつ集中にかけたのはそのせいでしょうか。
(だって、イビキまで聞こえるんですもの…orz)


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| 能・狂言 | 18:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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