花月草子

清涼山の御亭

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色即ち是れ空なり

突然の訃報から早、本葬の刻を迎えてしまいました。
矢継ぎ早の出来事にただ言葉を失うばかり。

私が観始めた頃はまだ成田屋は海老蔵を名乗っていた時分で、随分と
舞台を拝見させて頂いたものですが、その頃のイメージが私にはまだ強く
残っていて、十二代目を継いだのもついこの間のような気がしてならないのに。

「うたかた」という古い日本語がつい頭の中をよぎりそうになる。
辞世に詠んでいた。と発表された句はそのまま心経の中の一言に
思えます。

色即ち是れ空なり
空即ち是れ色なり

謹んで、おくやみのご挨拶にかえさせて頂きます。

             牡丹
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| 歌舞伎・文楽 | 21:48 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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まだ足りぬ 踊り踊りて…

その身に連なる六代目の辞世のような勘三郎丈の訃報でした。

倒れてからがあれよあれよという間で…
吉右衛門劇団贔屓の祖母に連れられて先代の舞台からよく観に
出ておりましたので、彼の丈の舞台もよく観ました。
最近は私もすっかり舞台はご無沙汰していますが。

彼のやり方には賛否あろうけれども、確かに天才肌な面も大きくて。

音羽屋のお祖父様や、先代のように、彼も「踊り踊りて」足りぬ風情を
残しつつ去ってしまった。という感があります。
今頃は辻に差し掛かったところであろうか。
                      tubaki

| 歌舞伎・文楽 | 18:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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天霧る雪の なべて降れれば

梅の花それとも見えず久方の 天霧る雪のなべて降れれば
         読人不知 『古今和歌集』 334 (或いは 柿本人麻呂)

もう岡本町の逝かれた日といい、京屋の告別式といい、
かかるお別れの日の空が「らしすぎ」て…

| 歌舞伎・文楽 | 23:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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梅花咲きにほはぬ候に

如月まで梅の花さき侍らざりける年よみ侍ける
しるらめや霞の空をながめつゝ 花もにほはぬ春をなげくと
      中務 『新古今和歌集』 39 (或いは 読人不知 『公任集』 )


過ぐる年に神谷町亡きあと、たとえ舞台は叶わぬまでもある意味での拠所で
ありました京屋の訃報。
私が慣れ親しんだ世界の「最後の人」が逝ってしまわれた。
東京の舞台で眼前覆うばかりの桜の花吹雪を岡本町とし、
露含み凛と咲く菊花を永田町とするならば、
京屋は艶に妙なる梅ヶ香でした。
謹んで心よりのお悔やみを申しあげます。

白梅に文

| 歌舞伎・文楽 | 23:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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怨鴦を殺せし科やらん

文楽を観るのも久しぶりとなりまして、
(と、勘定したら2009年の十二月鑑賞教室以来でした。まる二年ぶり<苦笑)
通常、五時開演のところ今日は二時開演日。

『奥州安達原』
外が浜~善知鳥文治住家~環の宮明御殿の各段、朱雀提は略。
2008年の九月公演で朱雀提から谷底までは観ているので、本月はその前段。
前回、「善知鳥の段が観たいな」と言っていたら思いのほか早く実現しました。
こうなると大序観たいなー。

さて、此度のプロローグとも言える「外が浜~善知鳥文治住家」。
前半は下ネタオンパレード。まぁ、しかし漁師町ならではの「あけすけさ加減」
で、あくまでも明るい下ネタです。
締まりはじめるのはやはり文治と南兵衛が登場して話が回り始めてからですかね。
前回の様に三段目(朱雀提~環の宮明御殿)から観ると宗任バカキャラになって
しまうようですが、二段目(外が浜~善知鳥文治住家)を観ると若干宗任に
感情移入できる…かな?

自らの殺生の業と主君への忠義、知らぬこととは言いながらも板ばさみになって
苦しむ文治(善知鳥)安方を和生さんが好演。
中の津国さんは四日目にして早くも声が荒れ気味なのが気がかりですが、
奥での文字久さん、錦糸さんでフォローできていたので良しとして。
いや、さすが善知鳥の謡を引いているとあって、
「琴碁書画をたしなむ身とも~」、「出離生死頓証菩提」、「血の涙」、「簑笠手向け」
などなど関連事項があちこちにちりばめられて登場するのが観ていてただただ感心。
近松半二、恐れ入りました。

「環の宮明御殿」
えーと、前回も袖萩祭文は千歳さんだった気がして、後で過去記事を遡ったら
記憶通り。
ただ、今回は浜夕の遣いが…これは私の主観なので、他の方から観たらどうなのか
判りませんが、少し雑かな。と。
たとえ、袖萩やお君への愛情がこらえ切れぬものであったにしても宮様の守役の奥方、
としての風格が身についていないと感じます。
仗も義家も「なんとなくそこにいる」だったなぁ…
例年東京の十二月公演は若手・中堅主体なのであれこれ言うのも大人気ない気も
しますが、二年ぶり、ということで楽しみにしていた部分も一応あったので、
一部の方を除けば進歩らしい進歩が無くて…この段はちょっとがっかり。

それでも袖萩祭文での富助さんと勘十郎さんの三味線シンクロはさすがに見事!
あ、幕開きの三番叟も良かった<そこかい!

| 歌舞伎・文楽 | 21:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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